俺は復讐に燃えていた。 己の深奥に真っ赤な怒りを抱えていた。 ここは昭和の日本。 物静かな住宅街だ。 復讐を果たすべき相手は、この住宅街を見下ろす高台に立つ武家屋敷の2階に居る。 俺は懐にドスを忍ばせて夜の闇を走り抜けた。
屋敷に辿り着くやいなや、2階に駆け上がり襖を開け放ちドスを構え、蠢く黒い影に身体を預けた。 手応えが、あった。
俺の身体に得も言われぬ安堵感が満ち満ちた。 それは地獄からの解放であり、全ての終わりを告げるエンドルフィンだった。 俺は迷うことなく死を決意し、屋敷の1階にガソリンを巻き、2階で一酸化炭素にいぶされることにした。 今までに味わったことの無い充実感の中で、俺は永遠の眠りにつこうとしていた。
薄れていく意識の中で、誰かが俺を助け出そうとするのを感じた。 それは3人の女だった。 女たちは必死になっていた。 しかし、俺はもう、生きることに対する執着を無くしていた。
生きようと思えば生きることができる。 しかしながら、生きないことを選択することで、安らかな眠りにつくことができる、そんな生命の境界線の上に立っていた。
俺は確かに、生きないことを選択したように感じた。
それは本当に甘くて温かな花畑にうずもれていく感覚だったのだ。本当に、本当に幸せな感覚だった。
しかし、俺は目覚めてしまった。 瞬間、自分が何処にいるのか全く分からなかった。 うっすらと残っているのは女たちの乳房の残像。
…なんだかなあ。
でも。 女たちが出てこなかったら、俺は本当に死んでいたのかもしれない。 それくらい目覚めたのが不思議だった。 そこで思ったのは、人は案外、自分の意思で心臓の鼓動を止めることができるんではないだろうか? つまり、生死の決定は、最終的には本人の意思によるのではないだろうか? ということだ。
(俺の中には少なくとも性欲が残っていたから生き残った、と。なんだかなあ。)
ともかく、とてつもなく不思議な感覚だった。 俺は、もちろん会社を休み、生きていることの不思議さと危うさを考えるのだった。 |
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