...... 2002年 7月 02日 の日記 ......
■[ NO. 256 ] ぴーかん
カメルーン登場!!
俺は職場の先輩、ナイスガイ&博識&強面のハルさんと、水道橋駅前の屋台おでん屋で日本酒をあおりながら、味のしみた大根に舌鼓を打っていた。

ハルさんが小用を足しに水道橋駅に消えたその刹那、デカくて黒い二つの影は現れた。

「ミート!ミート!ミート!」

二人は、罪のない慎ましやかなおでん屋のおかみさんに畳みかける。

「ワッツィズディス??」

ちくわぶとつみれを指しながら二人は、何も言えないおかみさんに対して既に攻撃態勢だ。


なぜに黒人が屋台おでん屋に??


…ふと我に返った俺は、既に腐りかけていた英語記憶域にアクセスして助太刀に入った。

「クラッシュドフィッシュ!」
「オクトパース!」
「ジャパニーズホットペッパー!」
「チャップスティックスー!」
「ゼライズノーミート!」

などなどこっちも一杯一杯だ。

しかしまあ、誠意が通じたのか、多少なりとも打ち解けてきたご様子。
「ウェアアーユーフロム?」
なんつって会話開始。

一人は御機嫌斜めの無愛想なのだが、もう一人はとってもフレンドリーな感じで語り出す。
「カメルーンからサッカーを見に来たんだ。ヤツは明日帰るけど、俺は金曜まで日本にいるさ」
なんつって。

そこにトイレから戻ってきたハルさん。俺を通訳にして明日のランチに招待ときた。

「レッツイートランチ!!」
「ジャパニーズフード!!」

なんつって酩酊の中から言葉をひねり出す。
するとまあ、15時なら大丈夫、ということらしく、唐辛子を気が遠くなるくらい入れたおでんスープを飲みながら彼らは帰っていったのだった。


ちゅうか、カメルーン予選落ちだろ?
なんで今まで日本に居るんだよ?
なんて思いながらも、予想だにしない出会いに異常に盛り上がる二人なのでありました。


...... 2002年 7月 03日 の日記 ......
■[ NO. 257 ] ぴーかん
中津江村再び
ハルさんと俺は、二日酔いの酩酊の中の14:55、水道橋の駅前にいた(前回までの粗筋は7/2のエッセイを参照してね)。

「奴らはカメルーンだからなあ」
「まあ、来たとしても4日後でしょうねえ」

「っていうか、オマエなら来る?」
「いや、絶対来ないッスよ。
 こんな怪しい日本人の誘いにゃ乗れません。」
「おっかないよな」

「テレクラと一緒ですよ」
「んじゃ、柱の影から見てたりすんのか?」
「…デカイからバレバレでしょうね…」

なんていいながら時間は過ぎていった。

15時15分。

「ハルさん、もう15分ですよ。
 あと5分待って来なかったら行きましょう。
 つうか腹減って歩けないッスよ、俺」
「んあ、そうだな。」

そして5分経過。


ワレワレハメヲミハッタ。
向こうの横断歩道を二人のドデカイ黒人がニコニコしながら歩いて来るではないか!!

「ハ、ハルさん!!」

俺はビビッた。既に「来るはずはないモード」に入っていたのだ。
カメルーン、恐るべし。
油断させといて、速攻。アフリカンビートだ。


「(-o-)/ハーイ、ナイストゥーミーチュゥ」
「アイムベリーハピートゥシーユー/_(._.)_」

なんて、初めて絵文字を使っちゃうくらいビビッた。
正に援交状態。

それでも、我々日本代表二人は、日本文化をカメルーンに紹介するべく、あてどない道を歩き始めたのだった。

「ハ、ハルさーん。何食うんすか??」
「え〜、知らねーよ。」
「そばどうっすかねえ?」
「んあ〜、いいんじゃね?」

ちゅうことで、「水道橋 そじ坊(リンク先は違うけど)」へ拉致決定。ここはホームタウン。敵は目の前の二人だけなのだ。


道すがら、日本語を若干レクチャーしながら
「サイコー、サイコー!!」
しか覚えさせられなかった我が身を恥じつつ、「そじ坊」到着。

「鴨せいろ」「にしんそば」「納豆そば」「とろろそば」
なんつう、バーリートゥードメニューを揃えて、到着を待つ。


それからは結構面白かったなあ。


丁度、わさびをすり下ろさせる店だったから、すり下ろして食べさせてみたり、納豆に鼻をつまませたり、とろろに「オエップ」させたり…。

イイ感じで異文化交流ができたかなあ?
少なくとも、「日本人っていいヤツかも」とは思ってくれたんじゃないかなあ?
ああでも、とろろには結構参ってたみたいだからそうでもないかな?

ともかく、4人で写真撮って、メアド交換して。
とってもいいランチタイム(2時間:1時間オゥヴァー)を過ごしたのでした。

ワールドカップ中はあまり出来なかった「外国人のおもてなし」を、やっと出来た気がして結構幸せでした。

みなさんのワールドカップはどうでしたか?
暇な人は掲示板に書き込むか、メール頂戴ね。
では。


...... 2002年 7月 04日 の日記 ......
■[ NO. 255 ] ぴーかん
大丈夫かいな?
一気にここ数日の記憶を蘇らせている訳だけど、いや、この日に引き受けたことは出来るのかいな、ほんとに?

5月に音響で参加した劇団『桜塾』が、7月末にワークショップを開くらしく、それに音響で参加するよう誘いを受けた。

それがまた、日常にはない面白さで、酔っ払って酩酊の手前でウロウロしていた俺は一も二もなく引き受けてしまったのだけど…。

スケジュール的に余裕がないっていうのと、課題が複雑過ぎるってのに今(7/7 25時半)気付いた。


うっふーん、どうしよー。


まあ、なるようにしかならんわな。
これがここ10年で手に入れた財産「いい加減さ」ですわな。


...... 2002年 7月 05日 の日記 ......
■[ NO. 254 ] 晴れのち曇り
どんどん
遡っている訳なんだが、このエッセイを書いているのは7/7の25時。もう、乙姫と彦星は1年に一回のまぐわいを終えてそれぞれの住居に帰ってしまった頃だと思われまする。いやはや、一年に一回なんて、マグロ漁船以上だな。やるな彦星。港毎に妻がいるようだな。


とまあ、この日は7/6に書いたSONYタイマーの本拠地に勤める幼なじみと久しぶりに飲んだ。前日の演出家さんとの飲みで知った「十徳」@渋谷って感じで。

まあ、彼は相変わらずの控えめな頑固者で、かつクレバーでナイスガイだった訳だけど。やっぱりいいことを言うんである。

そう。『頑固者はサポーターであれ』と。

まあ、リーダーたるモノには度量の大きさが必要である。即ち、細かいところまで神経が行き届いてしまうモノはリーダーには不適切だ、という結論に達したわけです。


ふむふむ、納得。反論の余地無し。
ちょっとやっぱり前にガンガン出るのは止めて、脇で優しくサポートする立場に乗り換えて行きたいと思いマフ。例えばギタリストじゃなくベーシストのようにね。


得ることが多い飲み会でした。


...... 2002年 7月 06日 の日記 ......
■[ NO. 253 ] ぴーかん
浮気。いや、それとも。
僕には一生涯の伴侶にしようと決めたヤツがいた。


ヤツは、時には誰も知らないような最先端のアクセサリーを身につけたり、他の誰よりも頭の回転が早かったり、世間がコミュニティー(もしくはネットワーク)に目覚める随分前から、その重要性を認識していたりした。

そして、何よりも素晴らしいボディーラインを身につけていた(溜息が出るほどに)。


でも、ヤツは自己の美意識の奴隷だった。加えて、余りにも頑なだった。それゆえ、世間一般に生きる多くの人の価値観を認めようとしなかった。


ヤツはいつしか孤立していった。とても良いものを持っていたのに、世間の多くの賛同を得られないまま不安定な自己意識(セルフ・エフィカシー)の中で耽溺していった。


既にヤツは生ける屍だった。

腐臭に満ちていた。

いや、それは現在進行形だ。言葉を改めよう。

「ヤツは、腐臭に満ちている。」


ヤツの名前は「アップルコンピュータ」。ミドルネームは「マッキントッシュ」だ。



そう。今まで話してきたのはなんつって、コンピューターの話よ。

うふ。そうそう。パワーブックちゃんの体重の重さに耐えかねて、若くて綺麗なSONY「VAIO SR」たんに乗り換えた訳(笑)。

あはは。3年ぶりにWindowsユーザーに復帰。
しっかし、このアバズレ、見かけは麗しいけど、タイマー付いてるアンドロイドときてるもんだから一年持つかどうか不安…。


恐るべし、ソニータイマー。今まで裏切られたこと数知れず。

どんどんSRがダッチワイフに見えてくるから不思議だ。死ぬまで機能してくれよ、相棒。


...... 2002年 7月 07日 の日記 ......
■[ NO. 252 ] ぴーかん
あまりにも
更新されていなかったのにはまあ、訳はなくもない。

ワールドカップフィーバーに飲み込まれてしまおうと思った矢先、どデカイプロジェクトに巻き込まれて気が付いたら準決勝まで試合が進んでた、ってのもその一つ。

知り合いの知り合いの占い師に占ってもらった結果がかなりショッキングだった、ってのもあるかな?

あとはシトシト降る雨と井の頭公園の倦怠と、夕焼けの美しさとか。そんな色々がテキーラサンライズのオレンジと黄色のまぜこぜになった部分みたいに絡み合ってた訳です。

って何言ってるかよく分かんないけど、取りあえず今日の銭湯は「草津の湯」で、エアコンがガンガン効いてて最高で、トム・ウェイツの「ブルー・ヴァレンタイン」は最高にナイーヴで、ジャスミンのお香はリラクゼーションに溢れてて、アサヒの本生はヴェリーグッドなテイストであるのです。


ん?そういや今日は七夕だったな。万年竹に短冊でもつけようか。「幸せになれますように」

って、笑うしかないな。


...... 2002年 7月 08日 の日記 ......
■[ NO. 258 ] ぴーかん
遅きに
失したという感も無きにしもあらずだけど、

『教員採用、強まる面接重視』

って、屋根裏つたって覗きをしたり、ストーカーもどきばっかり増えている昨今の教育現場のニュースを聞くと、一般企業の人間の方がまともな気がするな。

採用のシステムとか、教員教育のシステムとか、もちろん職場の空気とか。色々間違ってるんだろうな。

まあでもとりあえずいい方向に向かってるみたいだし。
それにしても、ここ30年の教育荒廃の責任は誰が取るんだろうな?


...... 2002年 7月 17日 の日記 ......
■[ NO. 259 ] 曇り
変な夢
続きに続いた納品ラッシュもあと一点残すのみ。
ドデカイもんが終わっただけでも良しとしようか。。。

…でもなあ、一生懸命やったもんが「みずほ銀行」ばりのシステムトラブルで差し戻し、ってそりゃないよな。しかも誰も責任取らないし。。。なんでみんな考えないんだろうな?学習しないんだろうな?

まあ、愚痴言ってもしょうがないや。


明け方見た夢はモノトーン。見知らぬ部屋。
ちょうどヨシュア・ツリーのジャケットみたいなカラー…、と思ったらボノが出てきた。
僕はベースを弾いている。

弾きながらボノとデュエットした(素敵!!)

ついでにベースにディレイをかけて、エッジっぽく弾いたら褒められた(笑)。


…ちゅうか何でベースにディレイかけるかね?
ギターでやれっちゅうの。
おまけに喜ぶなっちゅうの。
って、実際ボノに褒められたらやっぱり嬉しいんだろうなあ。。。


小学生っちゅうかトム・ヨークになった気分だったな。

U2.com
a radiohead website


...... 2002年 7月 31日 の日記 ......
■[ NO. 260 ] ぴーかん
夏祭り
生きてますか?

僕はとりあえず元気です。


幸せですか?

僕にはよくわかりません。


元気ですか?
元気ですか?


東北の街では夏祭りが始まります。
太鼓の音が風に乗ってやってきます。
遅れて笛の音とざわめきが届きます。


大地の熱と人の熱がじんわり広がって
燃える扇型を映し出す夜空が
いつまでも遠くまで明るいのです。


23時を過ぎた頃の静寂に耳を澄ませば
ドンコドンコドンコドン
鼓動の余韻が聞こえます。


そして誰かに会いたくなるのです。



願わくば、僕のことを忘れないでいてください。
忘れ去られることが一番、つらく、苦しいのです。



青森の熱〜い夏まつり


inserted by FC2 system